漫画の描き方で同人誌がおすすめの理由は孤独で一人では挫折しやすい

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「漫画を描く」という作業は特に初心者さんであれば
自分一人だけでしなければなりません。
例えば24ページの「読み切り漫画」を描くのであれば、
まず「アイデア帳」でページ数に合わせた構成を考えます。

 

そして原稿用紙とは別に別の紙にネームを描いていわば、設計図を作るワケです。

 

ここからやっと下書きに入ってペン入れをした後、
消しゴムでエンピツの線を消して「ベタ」で黒く塗ってスクリーントーンを貼って
最後にホワイトを入れて修正してやっと完成するのです。

 

これらの作業を一人でしかも学生さんが行なうのは大変ですし、
まず「孤独」と戦わなければなりません。

 

同人誌を作って一生付き合う親友を作ろう!

 

私の場合は、たまたまH君という漫画仲間がいましたので、
二人で漫画の実力を競い合うことが出来ました。

 

しかし、もし、あなたがたった一人で漫画を描いているのであれば、
積極的に漫画のサークルなどに参加して
同人誌の発行に携わる事を強くおすすめします。

 

理由は簡単で、まず第一に「ライバル意識」が
生まれますので自分の漫画の上達が早くなります。
次に孤独では無くなります。

 

「ああ、アイツも今頃俺と同じように漫画を描いているのだろうな...」

 

こんな考えで私も何度もH君に救われた事があります。

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初めてペンとインクで漫画を描いた肉筆回覧誌「大根」

 

まずはじめに、なぜ私とH君が「漫画改新党(スタジオMKT)」を作ったのか?
その理由からお話しします。

 

実は、あの「ドラえもん」で有名な藤子不二雄先生も二人組で、
安孫子素雄先生が小学5年生の時に藤本弘先生の学校に転校してきて
二人で一人の漫画家になったのです。

 

その生い立ちが、私とH君は似ていたので
何でもマネしてやろうという事になったワケです。
藤子不二雄先生の場合は「新漫画党」という組織を結成して「少太陽」という、
全て手書きの肉筆回覧誌を作っていたのです。

 

・・・というわけで私とH君が肉筆つまり「全て手書き」にこだわって作った
肉筆回覧誌「大根第8号」の表紙と目次の画像は以下となります。
大根表紙
↑クリックすると拡大画像になります。

 

大根目次
↑クリックすると拡大画像になります。

 

「大根」はいつまで続いたのか?

 

この肉筆回覧誌「大根」は1977年4月に原則月刊誌として創刊しました。
とこが・・・。
私も、H君も本当にプロの漫画家になってしまったので本業が忙しくて、
月刊ペースでは発行する事が出来なくなってしまったのでした。

 

・・・というわけでそれでも最新号は1985年9月号で私と妻が
結婚した記念号で第30号まで続いたのです!

 

PS:実は「大根」は1986年1月に第31号を作っていてH君に「このサイトのために、
宅急便で送って欲しい」とお願いしたところ「そのうち」とだけの返事でした...(T_T)
H君の本名、公開しちゃおうかな〜っと!

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PS:このページも「起承転結の法則」で書いてあるのですが、分かって頂けたでしょうか?

 

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